銀座のギャラリー小柳でトーマス・ルフの個展「Two of Each」が開催されています。初日の今日はレセプションにルフ本人がいらっしゃるということで、ドキドキ緊張しながらルフの写真集を抱えてギャラリーを訪問しました。そして、じゃーん。

持っていったSTERNEという写真集にもサインをしていただきました。

「NASAHIKOじゃなくて、最初はMです・・・」と言うと「これでMだよ」とのこと。ドイツの方のMはこんな感じ・・・? 深く考えるのはやめて、家宝にしよう。
ルフの世界
トーマス・ルフはドイツの写真家で、写真の新しい可能性を常に切り開いている方です。興味深いのは、本人はほとんど自分でシャッターを切らず、他者が撮影された写真を使って作品を制作されています。たとえば今回の個展のメインとなるこちらの作品。

© Thomas Ruff / Courtesy of Gallery Koyanagi
彩り豊かで美しく、2m近いプリントが圧巻でした。これはなんと日本の成人向けイラストの画像を加工したものとのこと。素材になった画像もギャラリーの方に見せていただきました。インターネットに氾濫する変に誇張された女性のイラストです。
作品のタイトルはSubstrat。基盤という意味です。これをみた時、天体写真の画像処理を思い出しました。天体写真の画像処理では、街のぼんやりした光(光害といいます)や人工衛星の光など不要な光を取り除いたり、逆にエッジを誇張してより対象を際立たせたりします。これらの処理を繰り返すことで、撮影したばかりのぼんやりした画像から、美しい天体が現れてきます。
ルフのこの作品も、イラストの猥雑さ不快さの奥に隠れた美しさを見出し、画像処理を繰り返すことで、ピュアな美しさを取り出したのかな。そんな風に思いました。
天体写真の画像処理ばかり続けている私は天体写真ならば処理後の姿が予想できます。ルフの場合はもっと広い世界で写真の奥に隠れた本質が見えているのでしょうね。
静かな宇宙の写真
ルフのことは以前に記事を熱く書きました。STERNEという天体写真のシリーズです。私を含めて天体写真家は宇宙をダイナミックに描写しようとします。なるだけ動きがあり、立体感があり、彩り豊かに仕上げていきます。一方でルフの宇宙は、静止していて、平坦で、モノクロ。静寂でひたすら時間が止まっています。そんな写真を見ていると、遠征のときに見上げた暗い夜空の星々や、望遠鏡で目で見る星雲が思い出されます。
またルフにはカッシーニというシリーズもあります。巨大なカッシーニも以前にギャラリー小柳で見せていただきました。カッシーニは土星探査機が撮影した画像を処理したもの。ルフが描く土星はなんとなく人工的でこちらは彩り豊かです。この土星も初めて小学校のときに土星を見て感じた「とても自然のものとは思えない」という気持ちが思い出されます。望遠鏡で見る土星は色鮮やかで、やっぱり人が作った構造物のようなのです。
実際に見る宇宙や本当の宇宙は、冷たく静止しているルフの写真の方がイメージに近く感じます。そんな想いを伝えたいなと思っていました。
ルフとの会話
会場はまだレセプションの前で人がまばら。ラッキーなことに、ルフとゆっくり話す時間がもつことができました。「あなたのファンです」と伝えつつ持ってきた写真集を開きながら話をしました。ちょうど「らせん星雲」の写真が掲載されたページを開いたので、思い切って私のらせん星雲の写真を参考に見ていただきながら宇宙の写真の話をしました。「私のは派手でダイナミックにしているが、ルフさんの宇宙は静かで深淵だ」というようなことを話したと思います。そうすると「これは天文台のネガをもらって制作したんだよ」とのこと。(あれ、ちょっとあっさりしているな)と思いつつ「どんな制作意図だったのですか?」と聞くと、「ヨーロッパの空は明るいし撮影できる機材もないから、ネガを借りたんだ」と、笑って話されます。
いささか拍子抜けしつつカッシーニを見た時の感動についても話すと「カメラだけが現地に行って写真を撮って送ってきたのって、面白いでしょ」とこれまた楽しそうに話される。
ルフさんはとても明るい素敵な方でした。拍子抜けした件は「素人さんには制作意図なんて教えないよ」ということでは全然なくて、本当にシンプルに「面白い」と思ったことを作品にしているのだと感じました。上述したように、彼は次々と写真の可能性を広げるような作品を世に出しています。そこにはややこしい意図はなく、自身の感性を頼りにしているようなのです。もしかしたら、子供のような感性で面白いと感じたものを作品にしていて、我々が勝手にあれやこれやと小難しく論評しているのかもしれません。とはいえ画像処理の技術は一級品で、さらに長時間の処理をしていると思われます。元々は深く悩み思考していたのが、一周回ってシンプルになったのかもしれません。ただルフさん本人との会話を通して見た作品からは、シンプルに「これって面白いでしょ」という感じが伝わってきました。とにかく、とっても軽やかなんです。「素敵だな」と言う気持ちと「こうありたいな」という気持ちが浮かんできました。
私は少し肩に力が入りすぎていたようです。もっと肩の力を抜いてやっていこうとあらためて思いました。
ギャラリー小柳では12月13日(2025年です)までルフの「Two of Each」が開催されています。ギャラリーに行ったことがない人には敷居が高いように感じるかもしれません(私がそうでした)。しかし、気軽に入って大丈夫。会場にはアートに興味のある学生さんも多くいらっしゃいました。興味のある人はぜひご覧になってください!

