先日に仕上げた「ろ座銀河団」。実はある実験をしていました。これまで私はなんとなく露光時間は600秒を基本にしていましたが、300秒を試してみると悪くない。ではどっちが良いかと600秒、300秒の両方を撮影していたのです。密かな期待は、銀河・星雲の解像度は変わらないまま、輝星のハロが減っていること。
早速結果を見てみましょう。総露光時間を統一させるために300秒は100枚、600秒は50枚のスタックで、ともに500分の総露光時間です。600分にすれば10時間でキリがよかったのに・・・と軽く後悔しつつ・・・。
ピクセル等倍の画像です。600秒の画像の明るさは300秒の2倍くらいなので、右の画像の方がストレッチをより多くしています。私の目には違いは見えません。アニメにして比較してみましょう。
全然変わりません。よ〜くみてみると、心なしか300秒の方がノイズが多いようにも見えますが、気のせいかもレベルです。
ヒストグラムを見てみましょう。
ストレッチ前の画像のため横軸は90倍拡大しています。これをみると600秒は300秒にくらべて2倍くらいの輝度でした。これは予想通りですね。
それでは輝星はどうか?300秒露光はハロの減少が狙いです。
やはり同じように見えます。ハロも変わりません。アニメも見てみましょう。
変わらないですね。ハロが減少するかとのあても外れました。露光時間が600秒と300秒で総露光時間が同じならば結果は同じといえます。
1時間露光ではどうか?
ここまでやったところで星沼会のまちょさんから「総露光時間が短い場合はどうなるか?」という質問をいただきました。上記のデータは8時間20分。遠征撮影での現実的な露光時間である1時間ではどうなるでしょうか。300秒 x 12枚、600枚 x 6枚で検証しました。
やっぱり変わりません。アニメでも確認しましょう。
ノイズ量が多いので画像の雰囲気は少し変わりますが、ほぼ同じです。今回も気持ちだけ300秒の方がノイズが多い気もしますが、やっぱり誤差の範囲かと思います。
少なくとも見た目は変わらないことがわかりました。そうすると歩留まりの視点から300秒を選択した方が良いですね。途中でオートガイドのエラーなどが起きたとき、捨てなければいけない画像を減らすことができます。
もう少し検証を続けます。星沼会の面々からアドバイスをもらいました。
SN比、FWHMの測定
まずSN比と星の大きさであるFWHMを測定しました。測定にはSubframe Selectorを使用しています。
1枚あたりの露光時間 | SN比 | FWHM |
---|---|---|
300秒 | 87.23 | 2.764 |
600秒 | 75.89 | 2.877 |
SN比、FWHMそれぞれ300秒の方が600秒より良いようです。リードノイズの視点からは600秒の方がよいはずなので、この結果の理由はわかりませんが、少なくとも悪くない結果です。
ランダムなノイズについて
飛来する光子のゆらぎや熱雑音など、ノイズの多くはランダムに発生します。これらはショットノイズとも呼ばれます。輝度を合わせた画像では、600秒50枚をスタックした画像も、300秒100枚をスタック画像も、このランダムなノイズは同じ量と考えることができます。解説してみますね。
300秒の画像1枚に含まれるノイズ量をaとします。すると100枚加算するとノイズ量は100aではなく$\sqrt{100}a=10a$になります。これはランダムなノイズが100枚の加算により分散化された効果です。スタックの際に平均をするので100で割るとノイズ量は下記のようになります。
300秒100枚画像のノイズ量: $\frac{10a}{100} = \frac{a}{10}$
一方で600秒の画像1枚に含まれるノイズ量は300秒の$\sqrt{2}$倍です。2倍ではなくて$\sqrt{2}$倍となるのは枚数と同じく時間でも分散化の効果があるためです。50枚加算するとノイズ量は$\sqrt{2}a\times\sqrt{50} = \sqrt{100}a = 10a$です。これを平均するために50枚で割るとノイズ量は下記になります。
600秒50枚画像のノイズ量: $ \frac{10a}{50} = \frac{a}{5}$
つまり600秒スタック画像はノイズ量が300秒スタック画像の2倍です。ここで輝度も600秒は2倍あったことを思い出してください。輝度をあわせるために300秒の画像の輝度を2倍にすると、ノイズ量は同じになるのです。
ランダムノイズの場合は、総露光量が同じであれば輝度をあわせるとノイズ量が同じです(ここの議論はだいこもんにめっちゃ聞きました。さらには最初は計算式間違っていて再提出となりましたw)。式で表すと、撮影枚数をN、一枚の露光量をtとすると、輝度をそろえた場合ノイズの量は$\frac{1}{\sqrt{Nt}}$に比例します。
リードノイズについて
もうひとつ大物のノイズとしてリードノイズがあります(そーなのかーさんのブログに詳しいです)。これは信号の読み取り誤差によるばらつきです。飛来する光子のゆらぎと異なり、こちらは露光量にかかわらず一定です。その結果リードノイズの影響は300秒露光の方が600秒より大きくなります。これも解説しますと・・
300秒露光した画像1枚あたりのリードノイズをbとします。するとランダムなノイズのときと同じく100枚スタックするとリードノイズ量は下記のようになります。
300秒100枚画像のリードノイズ量: $\frac{b\sqrt{100}}{100} = \frac{b}{\sqrt{100}}$
リードノイズは露光量に関係なく一定の値をとりますので、600秒50枚スタックのノイズ量は下記になります。
600秒50枚画像のリードノイズ量: $\frac{b\sqrt{50}}{50} = \frac{b}{\sqrt{50}}$
600秒の画像に輝度をあわせるために、300秒の画像の輝度を2倍にするとリードノイズも2倍になります。
300秒100枚画像の輝度を2倍にしたときのリードノイズ量: $\frac{2b}{\sqrt{100}} = \frac{\sqrt{2}b}{\sqrt{50}}$
つまり輝度を合わせると300秒の100枚スタック画像は600秒の50枚スタック画像に比べて$\sqrt{2}$倍のリードノイズが含まれています(これも、だいこもんにめっちゃ聞きました)。こちらも式で表すと、撮影枚数をN、一枚の露光量をtとすると、輝度をそろえた場合、リードノイズの量は$\frac{1}{\sqrt{N}t}$に比例します。ランダムなノイズ違いtはルートの外であることに注意ください。つまり短時間多枚数より長時間少枚数の方がリードノイズに関しては有利です。SamさんのほしぞLoveログの解説を参考いたしました。
リードノイズ量の見積
具体的にどれくらいのリードノイズを含んでいるのでしょうか。ここから先は、そーなのかーさんが見積もってくれました。私はZWOのASI1600MM Proを使用しています。GAINは0で撮影しました。ZWOの製品紹介ページをみるとその条件下で以下のデータが読み取れます。
リードノイズ: 3.6 (e-)
GAIN: 5 (e-/ADU)
そのためリードノイズ量は下記の通りです。
3.6÷5= 0.72 (ADU)
これは12bitでの値なので、16bit換算すると0.72×16=11.5がリードノイズ量です。
スタック前の300秒の背景輝度は16bitで500程度。600秒の背景輝度は1000程度です。そのため300秒で2%、600秒で1%程度が背景に対するリードノイズの寄与分です。これなら300秒と600秒でのリードノイズの差はほぼ誤差と言えます。
ということで・・・
300秒も600秒のクオリティはほぼ同じ。これからは300秒を基本として露光しようと思います。はて、では180、120秒ならどうなるか?ここまでの議論では180秒、120秒でもクオリティは変わらないことが想定されます。遠征では使いやすい露光時間です。リモート撮影の場合は数十時間撮影しますので、撮影画像も数百枚。180秒ですと1000枚を超えてきそうです。そうなると次はPCのスペックが心配になります。その辺りのトレードオフで決めていくのでしょうね。
<撮影データ>
2021年9月16日 〜 11月14日
Takahashi FSQ-106N (530mm, F5)
Takahashi EM-200
ASI1600MM Pro
Baader LRGB, Hα Filters
Autoguide – QHY5L-IIM / Baader Vario-Finder 60mm
露出(すべて-20°C冷却, Bin1x1)
PixInsightにて画像処理
撮影地: チリ ウルタド渓谷(リモート撮影)