月夜や都会の明るい夜空でも天体を撮影できるナローバンドフィルターは、撮影機会がぐんと増えて楽しいものです。私はサイトロン Quad BP Filter(QBP)とSTC Astro Duo-Narrowband Filterを持っていますが、初めて使ったときは感動しました。
しかし悩ましいのが色合わせ。今回、ナローバンドフィルターの色合わせの方法の一つを解説します。私はステライメージは使ったことがないのですが、PixInsightだけでなく、ステライメージなど他の画像処理系でも応用できると思います。
QBPはHα、Hβ、OIII、SIIを選択的に通します。Astro Duoはより透過する周波数が狭くHα、OIIIが対象です。ここで問題になるのが、どうやって色をきめるか、つまりRGBのバランスを整えるかということ。これまではPCCのお世話になりっぱなしでした。しかしPCCは原理的に今回は使用できません。PCCはここで解説したように、APASSの色指数と自分が撮影した写真の色指数を比較してAPASSの色に近づける手法です。しかしナローバンドフィルターを通すと、色の欠落があるためAPASSとの比較ができないのです。実行してみると次のようになります。
赤と緑の差であるR-Gはまだましですが、青と緑の差のB-Gはあまり相関がありません。理系の学生がレポート提出の日になって「相関がありました!」と苦し紛れに言うような感じです。
またPCCにはNarrowband Filter用のオプションがあります。PixInsightのドキュメントをみるとこのオプションは輝線ごとのフィルターからの光の強さを一定にさせるような方法のようです。残念ながらこれも変な色になってしまいました。
色合わせにはトーンカーブを操作するなどして色をマニュアルで調整することになるのですが、困るのが再現性がないこと。「この色どうやって出したんだろう」と思ってもできません。
そんな中、うまくいったぽい方法が見つかりました。っぽい・・というのは、まだ検証数が少ないので手法として道半ばですが、いまのところうまくいっています。
擬似的なAOOによる色合わせ
まずは結果から。
最初はQBPフィルターを使用した網状星雲の東側です。左が前処理が終わった後にABEを実行した画像。右側が左の画像に対して今回の擬似AOOを実行した画像です。リニアな映像のままで、表示にはリンクしたSTFを使っています。他には画像処理はしていません。
右の方がより自然な色合いになっています。
次にSTC Astro Duo-Narrowband Filterを使用した北アメリカ星雲です。これもABEした画像と、それに対して擬似AOOを実行した画像です。
今度は微妙ですが、私はHαがオレンジ色っぽくなるのが気になっていたので、緩和されているように思います。ちなみに擬似AOOというのは私の造語ですがこのRGBに分解して再度ミックスする手法自体はよく使われているもので、ネットで調べると様々な方法で実践されていました。
しくみ
一般にHαやOIIIなどの個別の輝線をフィルターを使って撮影した画像を、カラー化するのはいろいろな手法があります。例えばAOO(HOO)カラーパレットはRチャネルにHαを、GとBチャネルにOIIIのデータを割り当てることで、より自然な色合いを出すことねらっています。黄色が綺麗なハッブルカラーパレットはSAO(SHO)とも呼ばれ、RチャネルにSIIを、GチャネルにHαを、BチャネルにOIIIのデータを割り当てます。どっちみち肉眼で見えない天体の色ですし、自然な色もへったくれもあったものではない、ということで輝線の特色がよく現れるように、そのような割り当てにしたのでしょう。
今回はAOOを採用しました。QBPフィルターはSIIとHβの領域の輝線も通しますが、そこまで厳密な色処理ではないので雑にHα、OIIIに含めることにしました。
では、どうやってHα、OIIIのデータをつくるか?当初、HαはRチャネルのデータをそのまま、OIIIはGとBを半分ずつ混ぜることで再現しようと思っていましたが、調べてみるとHαの光はRチャネルだけでなく、GとBのチャネルにも入っていますし、RチャネルにOIIIの光が入っています。
上記は私の使っている富士フイルムのセンサーの周波数に対するレスポンス情報です。Hα、SIIはRチャネルがほとんどを占めますが、GとBチャネルも少しながら光をうけています。同じく、OIIIとHβもRチャネルでも光を受けています。
そのためHα、OIIIのデータを作るには、RBGをミックスしないといけません。当初は上のグラフのHαとOIIIの断面でRGB比率を測りましたが、フィルターはある程度の周波数の幅があるので断面ではダメそうで、そんなに簡単でもないようです。どうしたものかとググってみると、諸先輩方はセンサーレスポンスの情報とフィルター特性をもとにそれぞれ混合比率を作っていらっしゃる。やはり秘伝のタレは工夫が必要・・・。しかしありがたいことにアマチュア天文界の住人はみな優しくて秘伝にせずにレシピである式を公開していらっしゃいます。その値をつらつらみて気がつきました。
「どの式も結構似ている」
センサーやフィルターの違いで様々なレシピがあるにしても、大さじ一杯的な粗さではあんまり変わりません。いろいろ試した結果、次の式を採用することにしました。これは今後、経験則的に改良する予定です。
Hα = (R x 0.9) + (G x 0.07) + (B x 0.03) OIII = (R x 0.04) + (G x 0.47) + (B x 0.49)
それではPixInsightの処理方法にうつります。
では実行!
PixInsightで前処理を終わらせ、ABE, DBEなど最低限の処理をします。その画像をProcess – ChannelManagementメニューのChannelExtractionを使ってRGBに分解します。
今後の処理でわかりやすいように、チャネルごとのデータに名前をつけておきます。ここでは網状星雲(Veil Nebula)のvを頭につけて、vR, vG, vBとしました。
次にHα、OIIIのデータをPixelMathを使って作ります。PixelMathはいままで敷居の高さにちょっとビビっていて、見て見ぬふりを続けてきましたが、今回やってみると素直でいい奴でした。Process-PixelMathメニューからPixelMathを起動します。まずはHαです。
RGB/Kに式を入力します。コピーしやすいようにこちらにも書いておきます。
vR*0.9+vG*0.07+vB*0.03
Image Idで名前をつけます。ColorはまだGrayscaleにしておきます。■ボタンを押して実行するとHaとして扱う画像ができます。
同じくOIIIも作成します。式は下記です。名前はvOIIIとしました。
vR*0.04+vG*0.47+vB*0.49
いよいよHαとOIIIの合成です。PixelMathの画面に戻ります。
擬似AOOで処理した画像をもとにして、後続の処理を進め完成した画像はこちら。
<撮影データ>
2020年8月15日1時 18分10秒〜
BORG 72FL + 7872レデューサー (288mm, F4)
Sightron Quad BP Filter
露出 60秒x46枚コンポジット (総露出46分)
ISO3200
Unitec SWAT-310-Vspecでノータッチ追尾
PixInsight, Adobe Lightroomにて画像処理
撮影地: 千葉県大多喜町
Hα、OIIIを再現するために使った式は今後、実践するなかで煮詰めていきたいと思います。今回の記事は突っ込みどころ満載かもしれないですが、これまで試行錯誤しながら色を出して、それを再現できなかったことを考えると、一定の基準で色合わせができるのは価値があると思っています。
嬉しい連絡
ブログを公開してからおののきももやすさんが擬似AOO法(最初は擬似HOOと言っていました)をOptolong L-eNhanceフィルターで検証してくださいました。ありがとうございます。Optolong L-eNhanceフィルターでもオレンジ色がより自然な色に変わっているようです。
アンドロメダでは周辺部がまったく違う色になっています!
BooKuuさんからも情報をいただきました。試していただけるのはとっても嬉しい!うまくいっているようです。他のフィルターでも使えそうとのこと。QBPフィルターも復活でしょうか?
続報もいただきました。
色かぶりの改善は予想外でした。BooKuuさんのコメントでは光害とフィルター特性のミックスでかぶりが盛大にでたのが、改善されたようです。
名称問題・・・?
今回の調査は海外のサイトを重点的に調べました。ブログを最初に公開したときには気がつかなかったのが名称問題?です。英語圏ではHOO, SHOの呼称が一般的のようですが、ブログ公開後に日本ではAOO, SAOの方が広く使われていることをあとから知りました。どおりでHOOでググっても日本語サイトが出てこなかった訳です。AOOで検索したらたくさん出てきましたw 私の活動の場は日本語サイトですので直したいところですが、もうそのように出しちゃったので、このままHOOで行っちゃいます・・・と当初は威勢よく書いてましたが、やっぱり混乱ありそうで作戦変更。我々の活動フィールドは日本。やっぱりAOOにしました(せっそうない作戦)。