トーマス・ルフのSTERNEを見てきました

トーマス・ルフのSTERNEという写真集見るために、ぐらすのすちさんと恵比寿にある東京都写真美術館の図書室に行ってきました。トーマス・ルフはドイツの写真家です。ルフの作品群の中には、私が模索している「天体写真をモチーフにしたコンセプチュアル・アート(現代アート)」があります。そのような取り組みはおそらくルフの他にやっている人はいないように思います。私も同様の取り組みを開始したばかりです。

ルフは早くからデジタル技術を作品に活かすことで、写真をコンセプチュアル・アートに昇華させた人です。ポートレイトや建築物の作品群の他に宇宙関連の作品も手掛けています。その中のひとつSTERNEシリーズは、ルフが1989年にチリにあるヨーロッパ南天文台(ESO)のネガフィルムを買い取って処理をし、作品化したものです。30年以上も前の天体写真が現在も価値を保ち、取引されているという意味でも「技術進化による天体写真の賞味期限切れ問題」に頭を痛める天体写真家へのひとつの解になるかもしれません。

ネットで作品は見られるもののプリントでみてみたい。オリジナルの作品はなかなか見る機会がありませんが、STERNEは写真集にもなっています。しかしこの写真集はエディションが設定がされており、発行部数が1,000部に限られているため、これまたなかなか入手できません。そんなことをつぶやいていると、星沼会のぐらすのすちさんが、

 「恵比寿の写真美術館の図書室に蔵書があるみたいですよ」

と見つけて来てくれました。善は急げ、とばかりに二人で見て来ました。

厚みのある写真集のページをめくっていくと、そこにあるのはコントラストが強く、階調も低い、一見バイナリにすら見える白黒の写真たちでした。私には「凡庸な天体写真」に見えてしまい、来る前に昼から飲んだ白ワインも回って来て、つい、うとうと居眠りしてしまいました。

軽い眠りから覚め、気を取り直してもう一度最初から見てみると、印象が変わっていました。そこにあるのは「圧倒的な静けさ」です。動きがなく静かに止まっている。時間が停止しています。私が天体写真をとるときは、ジェット、スターバースト、レムナントに分子雲・・・宇宙のダイナミックな動きを伝えようとします。しかしルフの写真はひたすら時間が止まっているのです。よくよく考えるとダイナミックといっても宇宙的スケールでは数万年から数億年の時間スケールで、人間の人生スケールでは静止しています。ルフの写真からはそんな宇宙の静寂さが伝わってくるのです。

そう思って写真集をみていくと、今度はたくさんの写真から宇宙のいろいろな表情が姿を現しました。100ページ以上の写真をひたすらみていると、同じように見えていた写真が全て違う表情をしているに気がつきました。一枚の作品からでは伝わらず、連続してみることでわかる発見です。そうするとSTERNEという作品は写真の集合体として価値があるようにも思います。

天体写真家が絶対に切り取らないような独特の構図とあいまって、見る側の想像力も掻き立てられます。たとえば、画面の右上に少しだけ見えている星雲の写真からは、全体の姿を想像したくなりなす。それが「宇宙のいろいろな表情」につながっているようです。

天体写真をコンセプチュアルアートに昇華させる

私が考えるアート作品とは「その作品の前でつい足を止め、思考を誘発させるもの」です。そうなるには、何か伝えたいメッセージが作品にあるはずです。

私が昨年の写真展を開催したとき、私は常に在廊して、来場いただいたお客様全員に一枚一枚を丁寧に解説しました。天体写真は、写真単体に加えて背景のストーリーを理解することで、より深く鑑賞できると考えたからです。天体写真は写真とストーリーが一体となって作品を構成します。

別の言い方をすると、写真と意味あいが分離した状態です。

一方で優れたアート作品をたくさん見て気がついたのですが、「作品そのものが主題を表現」しています。そのためにアーティストは作品に一手間かけて、手を加えています。その結果「見出した意味あいが作品の中に埋め込まれ」ているようなのです。

同じことをルフの写真にも感じました。たとえばケンタウルスAを例にとってみます。私の撮影したケンタウルスAはこちらです。これはガチの天体写真ですね。銀河の周辺の光芒の広がりや、ブラックホール由来のジェットによってダイナミックな銀河を表現しました。素材自体をそのまま活かした写真です。

一方でルフが表現したケンタウルスAがこちらです。30年以上前に撮影された天体写真ということを差し引いても、極端な強調で階調を飛ばし、構図も変わったところで切り取っています。天体写真としては禁じ手のような、こうした表現することで、広い宇宙に静かに佇む銀河を表現したかったように思います。

このカッシーニという作品もそうです。およそ地球上には人間の作った建造物を除く自然界には、土星の輪のような幾何的な構造物はないと思います。この不自然なほどに美しい土星の輪が宇宙に存在することを強調して表現したかったのだと思いました。

私も少しずつ試みをしています。

たとえば昨年の写真展向けに私が製作した「ほ座超新星残骸」は、星を消しモノクロに仕上げるという処理を加えました。この写真は横に50光年、縦に80光年のとても大きな構造ですが、まるで顕微鏡で体内をのぞいたミクロな写真のようにみえます。そんな巨大な宇宙の構造と、生命のミクロな構造の不思議な相似性を強調したかったのです。

天体写真を主題にあわせて強調表現する方法は、ここにあげた星消し、コントラスト強調、彩色、構図などアイデアはいろいろあります。ルフの場合、星の配置にも一部、手を入れているようです。しかし、それを実行するとなると・・・天体写真に身をを置いてきた者としては、相当な勇気が必要です。正直、びびります。果たして、私は一歩踏み出せるか。

ご期待ください!

写真集を入手しました

記事を書いて公開しようとしたところで、ネットで見つけて注文していたSTERNEの写真集が届きました。

図書館と違って自宅でゆったりみると、また新たな表情を見つけることができました。ほとんど何も写っていない写真、微光星で埋め尽くされた写真、小さな貝殻のような渦巻銀河。

「なぜルフはこんな構図にしたのだろう。なぜ何も写っていない領域を採用したのだろう。なぜ構造が見えなくなるまで階調をとばしたのだろう。それによって宇宙の何を伝えたかったのだろう」

そんな気持ちが湧き出てきました。静寂で心落ち着く写真もあれば、違和感を抑えられず落ち着かない写真もあります。そのような思考を誘発するSTERNEはやはり優れたアート作品なのだと思います。

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