日本で晴れないストレス発散とばかりに露光しまくりのチリリモート撮影。過去経験のしたことのない数十時間の露光をためしています。しかし長い時間の露光は良い面ばかりではありません。一番の問題はたくさん撮影できないこと。私の今のペースですと、ほぼ毎日撮影しているものの、ひと月に一天体が限界です。
これは遠征でも同じ悩みがあります。一晩で一天体とするのか、もっと撮るのか?そこで、GWの有り余る時間を使って検証してみました!データの多いチリのM83画像を使っていますが、ノウハウは日本での遠征にも活用できると思います。
用意したパターン
一般にSN比は枚数に対して√Nで良くなると言われています。枚数を増やすとシグナルもノイズも増えますが、シグナルはNに比例して強くなり、ランダムなノイズは平均化される効果もあり√Nで増えていいきます。結果として√Nに比例してSN比が向上するわけです。そこで検証のため次の5パターンを用意しました。
パターン | Case1 | Case2 | Case3 | Case4 | Case5 |
---|---|---|---|---|---|
L | 1.5時間 | 3時間 | 6時間 | 12時間 | 24時間 |
R | 0.5時間 | 1時間 | 2時間 | 4時間 | 8時間 |
G | 0.5時間 | 1時間 | 2時間 | 4時間 | 8時間 |
B | 0.5時間 | 1時間 | 2時間 | 4時間 | 8時間 |
合計 | 3時間 | 6時間 | 12時間 | 24時間 | 48時間 |
Case1とCase3、Case3とCase5はルートを取ると倍になります。つまり理屈上はCase1→Case3→Case5でSN比が倍増するはずです。また今回とくに着目したかったのが、Case1→2→3・・と1ずつ上がるときにどれくらい品質が向上するかです。Caseの数字が一つあがると撮影時間が2倍になります。そうすると理屈上は1.4倍のSN比が増すことになります。実際の撮影シーンを考えてみると、「新しい天体を撮影するか、いまの天体を継続するか」という選択を迫られるので、撮影時間を2倍にする検証には意味があると考えました。
1フレームを10分で撮影しているので、撮影枚数にすると下記の通りです。フレーム枚数と撮影時間は比例するので、SN比はフレーム枚数のルートにも撮影時間のルートにも比例します。
パターン | Case1 | Case2 | Case3 | Case4 | Case5 |
---|---|---|---|---|---|
L | 9 | 18 | 36 | 72 | 144 |
R | 3 | 6 | 12 | 24 | 48 |
G | 3 | 6 | 12 | 24 | 48 |
B | 3 | 6 | 12 | 24 | 48 |
合計(枚) | 18 | 36 | 72 | 144 | 288 |
またそれぞれの画像枚数に応じた形でHαをブレンドしています。しかしHαはいわゆる赤ポチの強調のみに使っているので、全体の品質にはそれほど影響を与えていないため、合計時間の計算から抜きました。
パターン | Case1 | Case2 | Case3 | Case4 | Case5 |
---|---|---|---|---|---|
Hα | 3 | 6 | 12 | 24 | 44 |
それでは検証の開始です!
まずはフルスイングで画像処理
なんだかんだ言っても、結果としてどうなるかが一番気になります。途中でノイズが多くともノイズリダクションという武器があるし、色も彩度などをあげちゃえば良い。そのため画像処理をした最終結果からスタートしたいと思います。
Case1から5まで、いまの私の持てる力で精一杯やりました。DeconvolutionもHDRMTのブレンドも全部やっています。決してCase1や2を手抜きしたとかCase5だけ化粧多めに贔屓したとかの事実はございません。ただし比較がしやすいようにアメリカンスタイルの彩度盛り盛りは採用しておらず、処理はあっさり目にしています。
それではまず最初にCase1からCase5まで最終処理までした銀河を紹介します。
横に並べると違いがよくわかります。
まず理論上のSN比が2倍の関係にあるCase1,3,5を比較してみましょう。
銀河の構造や色のり、周辺のガスの濃さなど大きく違いがみられます。確かにSN比がそれぞれ倍違うとわかりますね。こちらで紹介した「おしゃれ三兄弟」銀河も確認してみます。ちなみに三兄弟は私が勝手につけた名前です。
左側の銀河はCase1では確認が難しく、Case3でも渦巻銀河ではなく星雲のように見えます。Case5まで露光することで始めておしゃれ感が出てきました。
次に確認したいのがCase4とCase5です。Case5を撮影するためにはなんやかんやで1ヶ月かかります。もしCase4でOKならば1ヶ月に撮影できる天体が2天体に増えることになります。
やばい・・・ぱっと見は変わらないように見えます。ズームしてみましょう。
ズームするとCase5の方が解像していることがわかります。しかしCase3, 4でも充分でもあり、このあたりは撮れ高をめざすか、ひとつ画像のクオリティを目指すかの嗜好性の範囲ですね。
露光時間が3時間、6時間のCase1, Case2も確認してみます。
長時間露光に目を奪われていましたが、普通なら小躍りできるレベルです。3時間、6時間なら1日で撮影が完了できます。困ったなぁ。どうしよう・・・。
ここまでは総合的な結果を確認しましたが、この先は要素分解した状態でも検証してみます。
バックグラウンドのノイズ
長い露光時間はノイズにも有効です。比較してみましょう。上記の最終処理した画像ではノイズリダクションをかけてしまい比較が難しいので、ここではIntegration直後の何も処理をしていない画像で比較します。
これは想定どおり露光時間が長いほどノイズが減っています。この先100時間、200時間と露光時間を増やしていくとツルツルになっていくのでしょうね。ノイズリダクションはどうしても不自然に感じられます。とくに背景がツルツルでも、星雲や銀河の部分でのノイズが残ってしまい、背景との差によって不自然さを感じるのだと思います。そのため私は最近ではノイズリダクションは軽くだけかけることにしています。その意味で長時間露光は望ましいのでしょうね。
色ののり方
RGBデータで色がどれくらいのってくるかも画像の品質に影響を与えます。今回はRGB合成した画像にArchsinhStretchをかけ、HistogramTransformationでレベルを調整しました。この後にこのファイルにL画像を合成するとLRGBとなります。またHαの合成はしていません。
これは顕著に差が出ました。露光時間が増えるにしたがって色の階調が高くなっていきます。とくにCase5はL合成しなくてもそのままでも使えそうな品質です。
L画像の解像感
解像感は最初の画像処理済みのデータでも確認しましたが、ここでは画像処理前のL画像も見てみたいと思います。DBEをかけた直後のデータです。
これにはちょっと驚きました。私の目には違いが全くわかりません。この後、これらのデータにDeconvolutionをかけたのですがその時点でも露光時間による違いはわかりませんでした。つまりリニアの段階では差は出ておらず、ノンリニアで処理を重ねることで違いを引き出しているわけです。画像のポテンシャルを引き出すのも、放置するのも処理する人の腕次第ということですか・・・。これは責任重大です。
ただしズームアウトして全体像をみると違いがありました。
銀河の周辺のガスは露光量が多いほどたくさん表現されていました。ちょっと、ほっ。
最後に・・記念撮影
てな感じでいろいろやってみました。今回の検証はやってみれば当たり前の結果です。露光時間を増やせば品質が高まりますが、たくさんの対象を撮影できない。たくさんの対象を撮影すると一つひとつに時間をかけられない。撮りたい天体の数と、一つの天体にかける時間のトレードオフの中で何を優先するかは、その時の気分・・・ではなくて、明るい銀河か淡い星雲かなど、撮影対象の特性や仕上がりの方向性で決まっていくのでしょう。露光時間がどれくらい品質に影響を与えるかを知っておくのは、毎回の判断ための情報になると考えて検証しました。今回は長時間露光で試しましたが、これはスケールだけの問題なので遠征時の1時間か2時間か、という判断にも活かせると良いなと思っています。
今回の検証では画像をたくさん作りました。LRGB+Hα合成では一つのファイルに5つのマスターファイルを使います。マスターファイルは冒頭の枚数のデータを用意してインテグレーション(スタック)して作成します。途中の中間ファイルは消しながら作業しましたが、主要ファイルは残しておきました。せっかくなので記念撮影をして終わりたいと思います。
カシャッ。
<撮影データ>
M83南の回転花火銀河 Photo by AstroCHL2JPN
2021年3月7日 〜 4月16日
Takahashi FSQ-106N (530mm, F5)
ASI1600MM Pro
Baader LRGB, Hα Filters
Autoguide – QHY5L-IIM / Baader Vario-Finder 60mm
露出(すべて-20°C冷却, Bin1x1)
L: 600秒/枚
R: 600秒/枚
G: 600秒/枚
B: 600秒/枚
Hα: 600秒/枚
PixInsightにて画像処理