人類の記憶 – 江之浦測候所

現代美術作家の杉本博司氏が小田原に構築した「江之浦測候所」を訪問しました。想像以上の素晴らしい体験でした。

人工の構造物と小田原の自然が織りなす風景は、私の心に直接訴えるものがあります。その情景をみたとき、私が感じたのは「測候所を作る前から、杉本氏はこの風景が心の中にあったに違いない。それをそのまま形にした」ということです。

一緒に行った妻は「杉本博司という人の記憶にある風景だと思う」と語っていました。

帰宅後に杉本博司氏が書かれた「アートの起源」を読み返してみると、冒頭に次のような一説がありました。

アートが今できることは、思い出すことかもしれない、人が人となったころの記憶を。

杉本博司 アートの起源

また杉本氏は「古代人が見た風景を、現代で見ることができるか」というテーマでライフワークである海景シリーズを撮り続けています。とすると、その「記憶」とは個人の記憶ではなく、人類が10数万年かけて築いた集団としての記憶なのかもしれません。

また私のテーマである「天体写真の中にアート性を見出す」視点からも大切なヒントがいくつかありました。

一つ目は冒頭に記載したように、人類の記憶のような何かに人は深く反応をすること。写真展で発表したほ座超新星残骸のように、人類のみなもとはどこかの星でできた物質です。人々が天体写真に何か心をうごかされるのも「その共通の記憶を見ているからかもしれない」と感じました。天体写真が技術的にすごいという指標とは全く別に「感動する写真」が存在します。そういう琴線に触れる写真は、意図せず人類の記憶に触れ人々の感情を刺激しているのかもしれません。初めて行った江之浦測候所が、心地よく、ずっと時を過ごしたい感覚があったこととも無関係ではなさそうです。

二つめは「自分がデザインした構造物だけでなく、他所から持ってきたもしくは模写した構造物も活用しながら、自然の借景の中で心に訴えるような情景を作り出していることです。天体写真は基本的に写真であり、自ら新たな構造を作ることはしません。しかし自分が直接デザインしたものでなくても、その組み合わせや光の当て方、配置のしかたで強いメッセージを生み出すことができるのが発見でした。

三つ目は「世界から集めた構造物に、新たな生命を与えていること」です。通常の博物館の展示では現地から切り取った時点で、作品が死んでしまったと感じるものも多くあります。しかし江之浦測候所では、世界から集めたものが、小田原の自然の中に緻密にデザインされた建築物の中に配置することで、新たに生かされています。そう感じた時、私には、数千年から数億年の間、静止している天体にも、その表現により、新しい意味を持たせることができるのではないか、という直感が生まれました。

いまの自分の活動をもう一歩進めてみよう、という気持ちが強くなっています。

以下は私なりの江之浦測候所の見どころです!

待合棟でいきなりの「OPTIKS」と「劇場」

当日予約した私は、最初に待合棟での受付に案内されました。四面ガラス張りの建物に、屋久杉のテーブルのおかれた豪華でありながらくつろげる素晴らしい空間に、最初から圧倒されます。

地下に行ってみるとそこにはOPTIKS と命名された作品 (たぶんそうだと思います・・・写真を撮るのを忘れたので確認できず・・・)。これはニュートンのプリズムによる分光実験を再現したもの。光を分光し測定することで「色とは人間の感覚中枢と脳の働きで認識されるものである」と発見したニュートンに対し、ゲーテは「異なる色は人間に異なる感情をもたらすものであり、数字だけで理解できるものでない。色の本質を知るには色と心の関係を理解しなければならない」と主張しました。このOPTIKSは、ニュートンの数値化による色の理解と、ゲーテの心の反映としての色という2つの側面をテーマにしています。普段、モノクロカメラで写真を撮りデータ化し(ニュートン的視点)、画像処理によりモノクロデータを色として表現していく(ゲーテ的視点)活動をしている私。OPTIKSを見ていると感慨深いものがあります。

さらにロッカーの前にはひっそりと「劇場」シリーズの写真がありました。

何の変哲もない映画館の写真のように見えますが、中央の白いスクリーンは「映画一本がまるごと」入っています。映画の最初から最後まで露光をして撮影されたものです。普通に依頼すると映画館に断れれるだろうから、ニューヨークの場末に入場料1ドルの映画館でゲリラ的に撮影したとこと。上映した映画はB級ホラーだったそうです。その時間が一枚の写真に封じ込まれていることを想像すると、写真の前でしばし見入りました。

夏至の日の出に照らされる海景シリーズ

こうして最初から度肝を抜かれた私は、次の長さ100メートルのギャラリー棟に向かいます。パンフレットによればギャラリーは夏至の日の出の方角を向いており、夏至の朝に対応光がこの空間を駆け抜けるとのこと。

中に入ってみると、これもびっくり。海景シリーズが展示されています。世界各地の海景です(海景も撮影しましたが、自分が写り込んでしまったので失敗。ググってください!)。

建物の先には小田原の海が広がります。

ギャラリー棟を出ると変わった建物があります。

冬至のトンネル

長く伸びたトンネルです。

70m伸びたトンネルは、冬至の朝に太陽の光が貫くとのこと。

一年で最も日が短い冬至を一年の始まりとし、夏至で折り返して、また冬至で一年が終わる。パンフレットを読んでみると、そういった人類が季節に対して持ち始めた意識を通じて「人の最も古い記憶」を現代に甦らせているそうです。ここでも「意識」がキーワードになりました。

石に対するこだわり

施設のあちこちに石でできた構造物がみられます。この記事の冒頭の、石造の鳥居もそのひとつです。多くは各地から集められた古石です。私は大英博物館でロゼッタストーンを見たときに感じたことを思い出しました。「いまから1万年後に残るもの。それはプリントされた写真でもなく、木造の建築物でもなく、ましてやクラウド上のブログでもなく、石なのだろう。石を通じてしかホモ・サピエンスの文化的活動の形跡を残せないのではないか」ということです。

いくつかスナップを載せておきます。

江之浦測候所

ホームページ: https://www.odawara-af.com/ja/enoura/
所在地: 神奈川県小田原市江之浦362番地1
TEL: 0465-42-9170(代表)

見学には予約が必要です。予約は2日前まで。また当日に電話予約をも受け付けています。私は当日の朝に電話しました。

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